高知地方裁判所 昭和52年(ワ)66号 判決 1979年6月25日
原告 兵頭健吉
右訴訟代理人弁護士 藤原周
被告 松下哲也
右訴訟代理人弁護士 三木春秋
主文
一 被告は原告に対し金一四七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を被告、その余を原告の負担とする。
四 この判決の第一項は、原告が金一五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
申立
一 原告
1 被告は原告に対し金二六〇万円及び昭和五三年一二月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(主張)
一 原告の請求原因
1 被告は、昭和四三年一二月二七日、中村税務署長から、販売場を土佐清水市三崎町一一七六番地三、名称を松下酒店とする酒類の販売(小売)業の免許を受け、その販売業を営んでいた。
2 原告は、右三崎町で酒類販売業を営むため、昭和五〇年一一月七日被告との間で、被告から、右免許にかかる酒類販売の営業を、被告においてその免許の取消を申請しあらたに原告が免許を受け開業できるよう協力する約定のもとに、代金八〇万円で譲り受ける旨の契約を結び、即日右代金を被告に支払った。
3 原告は、酒類販売業の免許が地域的に制限されているため、被告が免許取消申請をすることによって、あらたに免許を受けることを企図し、右営業譲渡契約を結んだものであるところ、被告は、右申請をしなかった。そこで、原告は、昭和五二年一月二六日、本訴代理人藤原周を通じて、被告に対し、約定に従い右申請をするよう催告したうえ、その申請手続を求めて本訴を提起したが、被告がなおも履行を拒否するので、昭和五三年一二月一八日の本件口頭弁論期日において右契約を解除する旨の意思表示をした。なお、原告は、被告が右申請をしなかったけれども、被告において昭和五〇年六月以降酒類の販売業を行っていないことなどから、右申請の有無にかかわらず、あらたに免許を受ける要件がそなわっているものと考え、昭和五二年三月八日兵頭操名義で中村税務署長に申請したところ、同年六月一七日付でようやく三崎町を販売場とする酒類販売業の免許を受けた。
4 原告は、被告がすみやかに免許取消申請をしておれば、昭和五〇年中には免許を受け開業することができた筈であるところ、被告の債務不履行により、兵頭操名義で免許を受けるまで一八か月にわたり開業が遅れ、その間、少なくとも一八〇万円の売上純益を逸失し、同額の損害を蒙った。なお、原告は、本訴提起以前に、被告に対し、右金額以上の損害賠償を請求した。
5 よって、原告は、被告に対し、
(一) 契約解除による原状回復義務の履行として既払代金八〇万円の返還とこれに対する支払の日の後である昭和五三年一二月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による利息
(二) 債務不履行による損害賠償として一八〇万円とこれに対する請求の後である右同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
の支払を求める。
二 被告の認否反駁
1 請求原因1の事実は認める。同2の事実のうち、被告が原告からその主張の日に八〇万円を受領したことは認め、その余は否認する、被告は、営業ではなく酒類販売業の免許を原告に譲渡したものである。同3の事実のうち、被告が免許取消申請をしなかったこと、原告が右申請手続を求めて本訴を提起しその主張の通り契約解除の意思表示をしたこと、原告がその主張の日に兵頭操名義で申請して主張のような免許を受けたことは認め、その余は争う。同4の事実は争う。
2 被告は、原告から酒類販売業の免許の譲渡方を要請されたので、その譲渡が許されるものと信じ、昭和五〇年一一月七日原告との間で、右免許を代金八〇万円で原告に譲り渡す旨の契約を結んだ。しかし、右免許は、行政庁である税務署長が、税務行政上の特別の必要に基いて、一般的に禁止している酒類の販売業を特定の要件をそなえた者に対し許容(解除)する行政処分であって、単に不作為義務を解除するにとどまり、新たな権利を設定するものではなく、その効力は、免許を受けた者に限って生じ、他には及ばない性質のものである。従って、右免許は、譲渡の目的とすることができないから、右契約は、全部不能な給付を目的とするものであって、無効である。また、被告は、三崎町で雑貨商を営む叔父戎居一がかねてより酒類販売業をも行いたいとの希望を有していたから、原告に対し、酒類の販売は右戎居の店舗を使用して行い且つ小売利益は同人に取得させるよう要求し、原告がこれを承諾したので、それが履行されることを条件として、右免許譲渡契約に応じたが、原告は、約旨に反し、戎居の店舗を使用せず、別の店舗を準備しだした。そこで、被告は、原告に対し、昭和五一年一〇月二八日到達の書面をもって、右免許譲渡契約を解除する旨の意思表示をした。なお、被告は、原告から受領した代金八〇万円を返還すべく、昭和五二年一月三一日、その受領後の法定利息の概算額五万円を付加した八五万円を、高知相互銀行宿毛支店の原告の預金口座に振込んで弁済の提供をしたが、原告が受領を拒絶したので、同年二月三日、右八〇万円とこれに対する受領の日から昭和五一年一〇月二八日までの年五分の割合による利息三万九〇三二円の合計金を、原告の住所地の供託所である高知地方法務局中村支局に弁済供託した。
3 右免許譲渡契約に基き被告が免許取消申請義務を負うとすれば、結果的に酒税法の禁止する免許譲渡を可能にし或はこれを助長することとなって、公共の福祉のため国の財政需要に応ぜんとする同法所定の免許制度の精神に反するので、そのような義務は生じないものというべきであり、仮に生じるとしても、それは、右制度の趣旨からして、強制履行を求めえないいわゆる自然債務であるとみるのが相当であるから、原告主張のような損害賠償請求権は発生しない。また、酒類販売業の免許を付与するか否かは税務署長の裁量に委ねられているので、被告が免許取消申請をすれば必ず原告に免許が付与されるとは限らないし、その取消申請がなされなくても原告に免許が付与されることがありうるから、要するに、被告の免許取消申請義務の不履行と原告が予期していた開業時期の遅延との間には因果関係はないものというべく、この意味からも、右損害賠償請求権が生ずる余地はない。なお、仮に右損害賠償請求権が発生するとしても、その額は、被告の免許取消申請義務につき履行期の定めがなかったこと及びその申請から原告への免許付与までには相当の期間を要することからして、適法な履行期が到来し且つ相当期間を経過したときから原告へ免許が付与された前日までの間の逸失利益にとどまるべきである。
三 右反駁に対する原告の認否
被告主張事実のうち、その主張の通り契約解除の意思表示があったこと、主張のような振込み、受領拒絶を経て弁済供託がなされたことは認め、その余は争う。
(証拠)《省略》
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》によると、原告は、かねてより土佐清水市三崎町で酒類販売業を営むことを希望していた、しかし、その営業を行うためには酒税法の規定により所轄税務署長の免許を受けなければならなかったところ、その免許は地域的に制限されており、既に同町内を販売場とする免許が被告その他の者に与えられていた関係上、そのいずれかが廃業しない限り、あらたに免許を受けることは容易でなかった、そこで、原告は、被告からその免許にかかる酒類販売の営業を譲り受ける形式をとり、被告に対価を支払って免許の取消申請をしてもらい、そのうえで免許の申請をしてこれを取得しようと考え、被告と交渉を重ねた、その結果、昭和五〇年一一月七日、双方間に話合いがまとまり、「被告は三崎町において営む酒類販売の営業権を代金八〇万円をもって原告に譲り渡し、原告はこれを譲り受けた。被告は向う五か年間同町内において酒類販売業を行わない。」旨を記載した契約書を取り交わして、八〇万円を原告から被告に支払い、被告は、結局、原告のために、免許を放棄して廃業し、今後同町内で原告が酒類販売業を営むことを承諾した、以上の事実が認められる。
しかして、右の事実を総合して考えると、原、被告間には、営業譲渡か否かはともかくとして、要するに、被告は、原告に対し、原告があらたに免許を取得し開業できるよう協力する、原告は、被告に対し、右協力の対価として八〇万円を支払う、という趣旨の合意が成立したものとみるのが相当であり、従って、被告は、右合意に基き、協力の方法として、少なくとも、原告のために、免許の取消申請をなすべき義務を負担するに至り、その対価として右金員の授受がなされたというべきである。この点に関し、被告は、原、被告間の契約は免許の譲渡であるから無効である旨主張するが、前記認定の通り、原告は、酒類販売業の免許に地域的な制限があることから、被告に免許の取消申請をしてもらい、それによって、いわば免許を受けることのできる余地を確保したうえ、あらたに免許を取得することを企図していたものであり、他方、被告も、結局は右企図を了承しているものと認められるから、このような双方の意思を合理的に解釈すれば、原、被告間の合意の趣旨は、右に判断した通りであって、免許そのものの譲渡でないことは明らかである。また、被告は、酒税法所定の免許制度の精神からして右のごとき免許取消申請義務は生じない旨主張するけれども、被告がその免許にかかる酒類販売業を廃止すること自体は、その動機如何にかかわらず、法の禁止するところではないし、被告において免許取消申請をすることによって当然に原告が免許を取得できるわけではなく、原告につき免許の要件がそなわっているか否かの審査を経て原告に対する免許の許否が決定される関係にあるから、右取消申請義務を認めても、免許そのものの譲渡を許す結果を招くとはいえないうえ、《証拠省略》によれば、被告は、昭和四七年一月高知県職員となったため、酒類販売業に専念できず、その後転勤に伴い高知市に転居し、原告と前記契約を結んだ当時には既に事実上廃業しており、地方公務員法の規定により任命権者の許可を受けない限り営業ができない立場にもあったことが認められるので、これらの事情からすれば、被告に免許取消申請義務を負わせることが免許制度の精神に反するなどとは到底いえない。なお、被告は、右取消申請義務はいわゆる自然債務である旨主張するが、そのようにみるべき理由を見出し難い。
三 被告は、原告が被告の叔父戎居一の店舗を使用し且つ小売利益を同人に取得させることを約束した旨主張するが、これに副う《証拠省略》は、これに反する原告本人尋問(第一・二回)の結果、前記契約書には右約束の点が記載されていないこと、右約束があったとすれば原告が前記契約を結んだ目的が半減すると思われること等に照らし、にわかに措信し難く、他に右約束があったことを認めるに足りる確証がないから、右主張は採用することができず、従って、右約束の存在を前提とする被告の契約解除の主張も失当といわざるをえない。
四 《証拠省略》によれば、原告は、前記契約を結ぶ際、それによって被告が免許の取消申請をするのは当然のことであると考えて、被告に対し、その申請をすることを明確には要求せず、それをなすべき時期も限らなかったこと、また、被告は、自己が被告のために如何なる手続をしてやるべきかを具体的に認識していなかったことが認められるので、原告から特段の主張がないことにも鑑み、被告の前記免許取消申請義務の履行については、期限の定めがなかったとみるほかない。しかるところ、《証拠省略》によれば、原告は、大野國光弁護士に依頼し、昭和五一年一一月三日頃、同弁護士を通じて、被告に免許の取消申請を求め、その際、被告は、原告が前記契約の目的を達するためには右申請をしてやる必要があることを認識したことが認められるので、そのことによって、右申請義務の履行期が到来したものとみるのが相当である。そして、原告が昭和五二年一月二六日、本訴代理人藤原周を通じて、被告に対し、右申請をするよう催告したうえ、その申請手続を求めて本訴を提起したけれども、被告において履行しないので、昭和五三年一二月一八日の本件口頭弁論期日において前記契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。従って、右意思表示により契約は解除されたものというべきである。
五 原告が、昭和五二年三月八日兵頭操名義で中村税務署長に申請し、同年六月一七日付で三崎町を販売場とする酒類販売業の免許を受けたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右免許は、原告が、被告において免許取消申請をしないので、たまりかね、既に被告が廃業状態にあることなどから、右申請の有無にかかわらず、あらたに免許を受ける要件がそなわっているものと考え、そのことを税務署側に強く主張した結果、付与されるに至ったものであることが認められる。この事実と《証拠省略》を総合すると、若し被告が前記認定の履行期(昭和五一年一一月三日頃)に免許取消申請義務を履行しておれば、原告の免許申請が認められたことは確実であり、また、その免許が付与される時期は遅くとも三か月後(兵頭操名義の免許が申請後三か月余して付与されているので、それより早い時期に付与されたと思われる。しかし、その時期が二か月以下であったとは断定し難い。)であったと推認できる。従って、原告は、被告が右の通り義務を履行しておれば、昭和五一年一一月三日頃から三か月後の同五二年二月三日頃には免許を取得し開業することができた筈であるから、被告の債務不履行により、原告が兵頭操名義で免許を付与された同年六月一七日までの四か月半の間の営業利益を逸失して損害を蒙ったことになり、その損害は、右説示に照らし、被告の債務不履行と相当因果関係があることは明らかというべきである。そして、《証拠省略》によると、原告が右四か月半の間に営業しておれば、少なくとも、一か月につき一五万円程度の純益を確保できたものと推認できるので、原告の蒙った損害の額は、六七万五〇〇〇円となる。なお、《証拠省略》によれば、原告は、本訴提起前に、被告に対し、右金額以上の損害賠償を請求したことが認められる。
六 以上の事実によれば、原告の本訴請求は、
1 契約解除による原状回復義務の履行として既払代金八〇万円の返還とこれに対する支払の日の後である昭和五三年一二月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による利息(なお、被告が右八〇万円と利息を弁済供託していることは当事者間に争いがないけれども、その供託は、前記契約が無効であること又は被告が契約を解除したことを前提にしてなされたものであって、原告請求の原状回復義務の履行としてなされたものではないから、弁済の効果を認めることはできない。)。
2 債務不履行による損害賠償として六七万五〇〇〇円及びこれに対する請求の後である右同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金
の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 山脇正道)